2008年03月21日

太陽と布団干し

今日は午前中は快晴で、太陽光線もあり、布団干し日和。
午後から、しばらくして急に春一番になり、
布団が飛ばされたと話題になっていました。

電車が、水田地帯を走っていたとき、
車窓から見えた、ある農家の布団干しに驚きました。
10人分ぐらいの布団が、広い庭の大きく長い布団干しに干されているのです。
色とりどりの布団が、それぞれ青空を背景に主張している光景は、
目を引きます。
布団を干す、10人分、どんな段取りで何人で干しているのだろうか?と考え、農家の主婦のエネルギーを感じました。
仕事ができる主婦の像がイメージされてきます。

タイムマネジメントの改善を迫られている今の自分、
いろんなところで、その段取りをシュミレーションする毎日です。

それにしても、布団干し、誰の思いつきでしょうか、
太陽に当てると、ふかふかで太陽の香りがしたりして、
布団が蘇り、大変気持ちがよくなります。

太陽にあたると人も布団のように蘇ります。
太陽のありがたさを、つくづく感じています。
全部失ったと思い傷心の内に就寝します。
でも、朝起きたとき、太陽の光を感じ、
太陽のエネルギーがある、と思うと、
ポカポカしたエネルギーを感じ元気になっていきます。

お金では買えない太陽エネルギー、
こだけのエネルギーを人の力で起すのは無理です。

太陽の温かさがある・・・太陽のエネルギーがある・・・
そう思うと自分自身も、布団のように蘇ります。
朝、太陽光線で、目覚めのスイッチがオンになるのは確かです。

物を手放せば手放すほど、失えば失うほど、
物がなくなればなくなるほど、
自然の恵みを感じることができる感性が活発になるようです。
太陽の恵みを意識するだけで、気持ちが豊かになってくるのも
布団がふかふかになるの同じと感じられます。

帰りの電車が、強風の為に遅れたりして、春一番強風が吹いています。
歩きにくいほどの強風です。 ふと、あの農家の布団、
無事だったのか・・・きっと、冬で作物つくっていないから、
家にいて、気づいて、すくに取り込んでいるでしょう・・・とおもったりです。
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2008年03月20日

満月

21日は満月、昨日の夜の月は煌々として、
さすが冬の満月は空気が澄んでいるのかきれいでした。
22日今日、始発の時間に(5時30分頃)外に出ると、
昨日と反対側の空低くに、まだ満月が見えていました。
まだ暗いので煌々と、大きく輝いています。 

昨夜、上空で見たときの満月の大きさと、
今日の朝見たときの満月の大きさとは、まったく違うのです。
今日の朝は、低空に輝く満月が何倍も大きいのです。
ちょっと近づき、手を伸ばせばつかめそうと思うほど大きいのです。
満月の鑑賞、上空にあるときに夜するのが普通ですが、
朝のほうがよほどきれいだと感じます。
ただ、一日の始まりは時間的にも余裕がなく、
鑑賞会という心境にはなれないので、やっぱり満月鑑賞は夜がよいでしょう。 

太陽でも、大きさが違って感じられることがあります。
それは、山の中腹の崖のようなところで見た日没太陽です。
これは真横に大きく見え、手を伸ばせば触れられるほど、
大きく見えたのです。そんなに大きく見えたのは後にも先にもこの時だけで、
鮮烈な映像で残っています。

さてさて、電車に乗っているうちに、
日の出です。光がさす瞬間、はっとします。
照らされる瞬間にはっとするのです。

太陽といえば、忘れられない太陽がある。沖縄の久高島で、のろさんの案内で10時までの太陽を拝む場所にいった時です。 
土地に伝わる、太陽を拝む儀礼をして太陽を拝み、
しばらく太陽に意識を集中しました。
このときの拝んだ太陽も、感覚全体で覚えているので忘れられない太陽です。

ふと、忘れられない太陽と言ってみて、 
月や太陽を見るときは普段の生活であまりないことに気づきました。
太陽の光を感じることはあっても、
太陽そのものを見て眺めることはあまりないということです。

せっかくある太陽と月、夜空をみて、月や星を意識してみる、
朝夕、日の出日没の太陽を意識してみる、


天体を意識すると、気持ちが広がってくるように感じています。 
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2008年03月19日

日本茶

近所のお茶屋専門店
いつもここで買い物をするのが楽しみだ。

目の覚めるような鮮やかな煎茶を、入ってきたお客さん全員にふるまってくれる。
福の神のような笑顔の店主が、にこにこして、「いつもありがとう」と対応。
若手スタッフが2〜3人いて、お茶を出してはかたづけ、している。


お茶だけでなく、のり、佃煮、梅干、お菓子、茶道の道具など品揃えも豊富だ。
自分で食べてみて、おいしいものを集めたお店といった感じだ。
商品について質問すると、自分で食べてみて、
おいしいというのが伝わってくる内容の説明、
なぜこの商品を選んで売っているかも言ってくれる。
ある野菜のおつけものなど、自分で選んだものではい。
これは青年会から頼まれて試しに、おいた商品、
おいしいといって売れるので、置いているという説明あり。

その年のお茶の出来具合とか、新茶の出荷の裏話とか、
八十八夜のお茶話など、お茶を頂きながら話をいろいろしてくれる。

今日など、買ったものを進物用にするので箱にいれてもらった。
その間、出てきたお茶が3杯、 飲み終わるとすぐに次のが出てきた。
あまり飲むと寝れなくなる・・・とおもいながらも、おいしいので、
3杯ともおいしく頂いた。(寝れないかも トホホ・・・)

「あたえるものはあたえられる」 無条件に、上等の煎茶を、
上手に入れ、振舞うお茶屋さん。
お茶を頂き、楽しく、会話をしながら、買い物をしている自分・・・商売繁盛

GIVE&GIVEということばが、このお店をみているとおもいつく。 
世の中、「質量不変」だよ。この頃よく思う。
人から物を返してもらいたいと思ったとき、
自分も別の人に返していないものを思い出し返すと、
すぐその人から返ってきたりする。

自分の出すエネルギーは、人を介して、増幅されて自分にかえってくる。
GIVE&TAKEは、人を介して増幅されずにその場で、エネルギーが帰ってきてしまう。
だからGIVE&GIVEを念仏のように唱えながら、
GIVEしたことを忘れてしまうのがいいのがいいのかな・・・と感じる。、

そして、
人の為には偽り
人に憂を与えるのは 優しさ
自分の好きなことを、自分の為に、ドンドンやって、
それが周りに与えることになる そういう GIVE GIVE が自然かとおもう。

このお茶屋さん、 お茶が好きおいしいものが好き、話しだすと止まらないぐらい、
なかなかいい!
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